Kijikko diary

上海在住。手芸と小沢健二を愛する、私のダイアリー。

東京(と横浜)の街が奏でた

3月20日小沢健二がいいともに登場。
16年ぶりにテレビに出たことになる。



ちなみに、大好きなオザケンと同じ名字だというだけで
小沢一郎がテレビに出ていると条件反射でいちいちドキドキする自分がいる。
スポーツ新聞に書かれている「小沢」という文字を見るだけでも一瞬うっとりしてしまう。



テレビ越しだが、2年ぶりに見る彼はやっぱりすばらしい人だった。
オザケンが公の場に出ることで目の前が明るくなるのはなぜだろう。
お祭り気分になる。オザケン祭り。
こんなすごい祭りは、私が知る限りでは大阪の「だんじり祭り」くらいである。



3月20日のテレビ出演の前日の夜。オザケンメドレーではげしく踊り歌い、
オザケンをまったく知らないりんりん丸もマラカスで参加)
オザケンの最近のライブCDを聴き、昔の動画を見て興奮し、
オザケンとあんまり関係ない「爆笑問題の田中がオザケンをほめる」っていう動画なんかも
見たりして、友達とLINE合戦。
出演から2日たった今は時を遡ってフリッパーズギターの曲も聴きだして、
胸の中はオザケン一色である。



この祭りを記念して、ちょうど2年前のオザケンのコンサート「東京の街が奏でる」の
感想文をアップしておこうと思う。
なぜ今までアップしなかったのか。というと、、、
当時は、わざわざ日本に一時帰国した上、1歳になったばかりの娘を大阪の実家に預け、
一人で東京に行ったことでダメ母のレッテルを貼られることを恐れ、
一部にはコンサートに行ったことを内緒にしていた。



しかしダメ母であることが誰から見ても明らかになった今、
2年前に子どもを置いて東京に行ったことなどどうでもいいではないか。
それよりひどいことがこの2年間でいっぱいあった。



感想文は、コンサート直後、興奮しながら書いたので恥ずかしい記述が多々あるが、
まあ大目にみてください。
っていうか興味ある人おるんかわからんけど。。。
一応、私の中での最高メモリアルな出来事だったのでアップしておきます。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
2012.3.22(第二夜)東京の街が奏でる 東京オペラシティ タケミツメモリアル


前回の「ひふみよ」以来、2年ぶりのオザケンコンサート。
「ひふみよ」からいろいろあった。妊娠して仕事をやめて母になった。上海暮らしが3年目になった。
「ひふみよ」の時みたいに、ガーリーな気分じゃなくなったわ!!と少々やさぐれながらも、
東京に行ってしまった。



私のコンサートツアーは新大阪からスタート。
お昼に新幹線で新横浜に到着。そこから思い出の横浜の街をぶらぶら。
3年前まで働いてた会社に行って、元同僚に会って、好きだったラーメン屋さんに行って、
住んでた街に行ってクリーニング屋のおばちゃんに挨拶したり、住んでたマンションを見たり・・・
私ときじ夫にとって特別な(地獄のような日々を送った)横浜の街をなつかしみながら、
(リアルにつらい気持ちも思い起こしつつ、)めぐった。



夕方。東横線で渋谷に出て、そこから東京オペラシティのある初台へ。
座席を探し当ててびっくり。
私の席「3列25番」は、実質最前列ではないか!!!!!ほんまか!!!!
驚いているところへ、6ピタした元会社の先輩S氏がほんのちょっと息をきらして到着。



そしてコンサートが始まる。



朗読が始まったとき、「えー。。歌が聞きたい!」って思ってしまった自分がいた。
でも、やっぱりオザケンの言葉は魅力的であっというまに引き込まれる。
つづきをもっと聞かして!って思わされる。



昔飼ってたオウムの話、みんなが大人になって騒げて楽しいっていう話、
短い言葉が受け入れられすぎて相反する考えを受け入れられない世の中になってるっていう話、
ぜんぶ、笑ってしまったり、うんうんうなづけたり、新しい発見があったり。
なんやかんや言いながら、この人の言ってることや考えてることに影響されまくる。
結局、私は中学生のときから変わってないな。
思春期に一番影響を受けたのがオザケンやから仕方ないか。



歌はもちろん失神するくらいかっこよかった。
オザケンの歌は、一曲一曲がすべて特別だ。
想い起こさせる季節感も感情も全部違う。
だからすべての曲に、違った思い入れがあって、曲が始まるたびに、
「あ!!この曲きたーーーー!!!!!」と興奮。



そこへさらに、十数年前、大好きなオザケンが急に姿を消した悲しみとか、
リリースされるCDから彼の面影を見いだそうと必死になるしかなかった空しさ、
また会えた喜びなどが幾重にも連なり、それが何時間も続くもんやから、もう失神寸前なのである。
みんな仕事や家事や育児をフルスロットルで終わらせてやってきた元・オリーブ少女
観客ばかりなのだしもう歳も歳やし勘弁してくれと言いたいところだが、
そうして意識朦朧となることを期待してきたのはこっちなのだし、
祭りなのだから仕方ない。



私にとっては、とくに「ある光」をフルコーラス(せりふまで)で
歌ってくれたのが印象的だった。つい数か月前、
自分が死んだら葬式で流す音楽を「ある光」にしたいと
どうでもいい妄想をしていて、それもあり、うれしくて泣けた。



お客さんはみんなかつてオザケンに本気で惚れた人たちだ。
断言できるが(っていうか私がそうなのだが)
まだオザケンと恋愛関係になることを本気で夢見ている人もいるだろう。
CDをすり切れるほど聴いて、歌詞カードを血眼になって読んでた人たち。
雑誌を集め、切り抜きを生徒手帳にはさんでいた人たち。
そんな人たちにとって、今日は「この日のために生きてきた」と堂々といえる日だ。
今日という日がきたことで、これまでのさみしさ、悲しさ、空しさが報われた。
「この瞬間が終わらないでほしい」と思いながら、一曲一曲を聴いていたに違いない。



終わってみると私は狂喜乱舞のせいで目も当てられない姿になっていた。
周りも同じ。前回のコンサートでもそうだったけど、号泣してる人もいっぱいいる。
いいわ、きもいって言われても。こんなに楽しい経験ができるんやもん。
同じように狂喜乱舞できる元オリーブ少女たちが仲間やから。
隣の席のぴかぴか坊主頭のS氏すらオリーブ少女に見える。
大好きな級友との同窓会のようであり、変態新興宗教にでも入った気分。
勝手にみんなとの連帯感を感じながら、オペラシティを後にした。



東京の街で奏でてくれたおかげで、3年ぶりに東京にこられた。横浜の仲間にも会えた。なつかしい街に行けた。
「東京だけでコンサートをする」というオザケンの提案のおかげで、素敵な体験ができた。
1泊2日横浜&東京の旅よ、ありがとう!!
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



コンサートの感想を読んでみて思ったが、コンサートという参加型のイベントであろうと、
参加できないテレビであろうと、オザケンが公の場に出るというだけで
祭りが開催されるっていうのはすごいことだ。
ほんまに教祖みたいになっている。まあ、だいぶ前から気づいてたけど。



ちなみにコンサート後、広告代理店に勤める元オリーブ少女と落ちあい、飲みに行ったが
小説が書けそうなくらい下品な話をさんざん聞いて吐きそうになった。
「オリーブ」は無限の可能性を秘めた雑誌だった。それだけは確信できた夜。



オザケン祭りは、2010年、2012年、2014年に開催されているが
今年の祭りはこれ(いいとも!)で終わりなのかな?
次は2016年?
みなさんどう思いますか。どうでもいいですか。すみません。



この祭り、すごいなー。この歳になっても、こんな感動があるんやなー。って
思ったけど、オザケンはずっと前から言ってたよな。
よろこびを他の誰かと分かりあう、それだけがこの世の中を熱くする。
ほんま、そうやな。